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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)1022号 判決

原告

居平孝雄

ほか七名

被告

北河建設興業株式会社

ほか一名

主文

一、被告らは各自、原告居平孝雄に対し三三万八、三四七円、同居平浦治、同居平綾治、同本多登志子、同居平百合子、同居平まさ子、同居平美佐子に対し各七万九、四四九円、同大森さわに対し一二万四、五二〇円及びこれらに対する昭和四二年一月八日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四、この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、申立

一、原告ら

「被告らは各自、原告居平孝雄に対し一三〇万円、同居平浦治、同居平綾治、同本多登志子、同居平百合子、同居平まさ子、同居平美佐子に対しそれぞれ三五万円、同大森さわに対し二七万四、五二〇円及びこれらに対する昭和四二年一月八日以降各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告ら

「原告らの請求は棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」

との判決を求める。

第二、請求原因

一、事故の発生

訴外亡居平佐加子(以下佐加子という)は次の交通事故により死亡した。

(一)  日時 昭和四二年一月七日午後一時二〇分頃

(二)  場所 豊橋市嵩山町荒木二一番地先道路

(三)  加害車 被告出口輝夫(以下被告田口という)運転の普通貨物自動車

(四)  被害車 佐加子運転の自転車

(五)  事故の大要、過失の内容

被告田口は、前記日時に前記場所に時速約三五キロメートルで東進して差しかかつた際、対向車の動向にのみ注視し、進路前方を確認せず、かつ減速徐行せず漫然と進行した過失のため、佐加子が進路前方を右から左へ横断しようとするのを、約九・八メートル手前の地点で始めて発見し、制動操作をとつたが及ばず、加害車の右前部を被害車の前輪左側に激突させ、そのため同人に対し頭蓋骨々折等の傷害を負わせ、よつて同日死亡せしめた。

二、被告らの責任

被告田口は前記過失により本件事故を惹起し、被告北河建設興業株式会社(以下被告会社という)は加害車を所有し、自己のために運行の用に供するものである。

三、原告らの損害

(一)  原告居平孝雄(以下原告孝雄という)は佐加子の夫であり、同居平浦治、同居平綾治、同本多登志子、同居平百合子、同居平まさ子、同居平美佐子(以下それぞれ原告浦治、同綾治、同登志子、同百合子、同まさ子、同美佐子という)はいずれも佐加子の子であり、原告大森さわ(以下原告さわという)は佐加子の母である。

(二)  佐加子は夫原告孝雄らと共に米作地四反七畝、麦作地二反八畝、甘藷作地八畝を耕作し、年間二七万五、三〇〇円の収益を上げていたが、佐加子は自家の農業経営の中心的人物でその寄与率は四分の三と考えられるから、死亡によつて年間二〇万五、八〇〇円の収益を失つたこととなる。

更に、佐加子は農閑期には日雇労働に就業し年間二〇〇日を一日平均八〇〇円の日給で働いていたので年間一六万円の収益を失つたこととなる。

又、佐加子は主婦としての労働力も失つたが、その数値的評価は一日二〇〇円と考えるのが相当であり、年間七万三、〇〇〇円となる。

以上を小計すると四三万八、八〇〇円となるところ、生活費としてその四分の一を控除すると年間の逸失利益は三二万九、一〇〇円となるが、佐加子は死亡当時五〇才で六〇才まで労働可能であつたと考えられるから、年五分の中間利息を控除するホフマン式計算方式で逸失利益総額の一時取得額を算出すると二六一万四、七〇〇円となる。そのうち一三五万円を請求する。

(三)  佐加子固有の死亡による慰藉料は諸般の事情を考慮して四五万円が相当である。

(四)  原告らの遺族固有の慰藉料は諸般の事情を考慮して原告孝雄について一〇〇万円、その余の原告らについてそれぞれ三〇万円が相当である。

(五)  原告孝雄は本訴提起を原告ら代理人に委任するに際し、着手金三万円を支払い、勝訴判決を得た場合、判決認容額の一割を報酬として支払うべく約定したので、予想される弁護士費用のうち一五万円を本件事故と相当因果関係にある損害として請求する。

四、相続

原告らは前項(二)、(三)の佐加子の損害賠償請求権合計一八〇万円について法定相続分に応じてそれぞれ次の額を相続した。

原告孝雄六〇万円、同浦治、同綾治、同登志子、同百合子、同まさ子、同美佐子各二〇万円

五、受領分

原告らは既に自賠責保険より一三七万五、四八〇円の支払を受け、これを原告らの損害額に概算按分して、原告孝雄の損害に四五万円、原告大森さわの損害に二万五、四八〇円、その余の原告らの損害に各一五万円宛弁済充当した。

六、したがつて、原告らが被告らに対し求め得る損害はそれぞれ次の額となる。

原告孝雄 一三〇万円

同さわ 二七万四、五二〇円

同浦治、同綾治、同登志子、同百合子、同まさ子、同美佐子 各三五万円

よつて、原告らは被告らに対し申立記載の各金員及びこれらに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四二年一月八日以降各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求めるものである。

第三、請求原因事実に対する認否

一、第一項の事実中(一)、(二)、(三)、(四)は認める、(五)のうち本件事故によつて佐加子が死亡したことは認めるがその余の事実は争う。

二、第二項の事実は認める。

三、第三項、第四項の事実は全て争う。

四、第五項の事実は認める。

第四、抗弁

本件事故は佐加子の過失も又大きな一因となつている。すなわち、佐加子は本件事故現場付近の道路を横断するに際し、先行する大型自動車の直後交通の安全を確認することなく漫然と横断した過失により本件事故を惹起したものである。したがつて損害額の認定に際し佐加子の右過失を充分斟酌すべきである。

第五、抗弁事実に対する認否

抗弁事実は争う。

第六、立証〔略〕

理由

一、本件事故の発生

原告ら主張の日時、場所において佐加子運転の被害車と被告田口運転の加害車とが衝突し、佐加子が死亡したことは当事者間に争いがない。

二、被告田口の過失と佐加子の過失

〔証拠略〕を総合すると、本件事故の状況は次のように認められる。

被告田口は加害車を運転して本件事故現場に西より時速約三五キロメートルの速度で差しかかり、約二〇〇メートル手前から小型貨物自動車を牽引した普通貨物自動車が対向してくるのを認識していたが、本件事故現場付近で右自動車とすれ違う際同所付近は道路の幅員が狭いため道路の左端に寄つたが速度は従前のまま進行したところ、牽引されている小型貨物自動車とすれ違つた際約一〇メートル前方に佐加子が右小型貨物自動車の背後から被害車に乗つて低速度で進路右より左に斜めに横断してくるのを発見し、直ちに制動措置をとりハンドルをわずかに左に切つたが間に合わず加害車の右前部付近を被害車の前輪左側に衝突させて佐加子を路上に転倒させ、遂に本件事故となつた。

一方、佐加子は本件事故現場手前で被害車より降りて道路端に立つて西進する前記小型貨物自動車を牽引した普通貨物自動車をやり過したが、その直後東方を一瞥した後加害車が進行して来るのには気付かないまま被害車に乗つて道路を斜めに横断しようとして低速度で道路中央付近まで進行したところ加害車と衝突し本件事故に遭遇した。

又、本件事故現場付近の道路の幅員は約四・五メートルあり、直線で見通しは良く、幅員一・五メートルないし三メートルの農道が北東・南西に斜めに交差しており、本件事故現場の周囲は人家はまばらで大部分が畑、竹藪である。そして前記小型貨物自動車を牽引した普通貨物自動車は幌付であり、右両車の間は長さ約四メートルのロープで結ばれていた。

以上の事実が認められる。

右認定の事実に照らすと、本件事故発生につき、被告田口には原告ら主張のような過失を、佐加子には被告ら主張のような過失をそれぞれ認めることができる。そして両者の過失の本件事故に対する原因力の割合は右の過失の態様・程度から考えて被告田口の過失に六、佐加子の過失に四の原因力があるとみるべきである。

三、被告らの責任

請求原因第二項の事実は当事者間に争いない。したがつて被告田口は民法七〇九条により、被告会社は自賠法三条により本件事故により原告らの受けた損害を賠償すべき義務がある。

四、原告らの損害

(一)  〔証拠略〕によると佐加子と原告ら及び原告ら相互間に原告ら主張の身分関係の存することを認めることができる。

(二)  次に佐加子の逸失利益について判断する。

〔証拠略〕を総合すると、本件事故当時佐加子は夫である原告孝雄と共に農業を営み、少なくとも田四六アール、畑一二アールを耕作し、田には米を畑には小麦及びさつまいもを栽培し年間少なくとも二四万円の収益を上げていたことが認められるが、原告孝雄は主として鉱山に勤務し農繁期に農業に従事する程度であり、その上当時同居の子供は未成年者であつたため佐加子が原告ら家の農業経営の中心となつており、佐加子の死後原告孝雄は勤務をやめて農業に専従することとしたが人手がないため他人から借りていた田約一〇アールを返還せざるを得ない状態となつたことが認められる。又佐加子は農閑期にはいわゆる日雇として他人の農業の手伝い、山からの木材の搬出、石の積み出し等に従事し一日八〇〇円を下らない収入を得ていたことが認められる。

右の事実によると、佐加子の原告ら家の農業経営に対する寄与率は、いわゆる近年の小農家の経営の実情をも考慮にいれ、七割は下らないと認められる。そして佐加子が原告ら家の農業経営の中心でありしかも同家の主婦であることを考えると、佐加子が農閑期に日雇として働けた日数は年間せいぜい七〇日程度と推測される。したがつて佐加子が一年間に得ることのできた収益は合計二二万四、〇〇〇円となり、その生活費を差し引いた純収益は一五万円とみるべきところ、〔証拠略〕によれば佐加子は本件事故当時五〇才と認められ、六〇才まで一〇年間は稼働可能であつたというべきであるから、この間の逸失利益総額の一時取得額を年五分の中間利息を控除したホフマン式計算方式によつて算出すると一一九万一、七三五円となる。

なお、原告らが主張する佐加子の主婦としての労働力の評価は右のような佐加子の逸失利益が認められる以上それと別途になされるべきでないと解する。

(三)  原告らの慰藉料は、本件事故の態様、被告田口及び佐加子の過失の程度、後に残された遺族の状態、各原告らの佐加子との身分関係等諸般の事情を考慮して、佐加子本人の慰藉料を相続した分、遺族固有の分を含めて(原告さわは固有の分のみ)それぞれ次の額が相当と認められる。

原告孝雄 四五万円

その余の原告七名 各一五万円

(四)  〔証拠略〕によれば原告孝雄は本件訴訟追行を弁護士に依頼し、その着手金として三万円を支払い、他に成功報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件の請求額、認容額、難易の程度その他諸般の事情を考慮して本件の損害賠償として被告らに求め得る弁護士費用は一〇万円と認めるのが相当である。

五、過失相殺及び保険金の受領等

前記佐加子の過失の程度を考慮すると前項(二)の佐加子逸失利益一一九万一、七三五円のうち被告らに求めうるのは七一万五、〇四一円というべきところ、これにつき原告らが法定相続分に応じて相続した額はそれぞれ次のようになる。

原告孝雄 二三万八、三四七円

原告浦治、同綾治、同登志子、同百合子、同まさ子、同美佐子 各七万九、四四九円

又、原告らが自賠責保険金一三七万五、四八〇円を受領したことは原告らにおいて自認するところ、これを原告ら主張のとおり、原告孝雄の損害に四五万円、同さわの損害に二万五、四八〇円、その余の原告らに各一五万円宛弁済充当されたこととする。

六、結び

したがつて原告らの被告らに求め得る金額はそれぞれ次のようになる。

原告孝雄 損害総額七八万八、三四七円から受領分の四五万円を差し引いた三三万八、三四七円

原告浦治、同綾治、同登志子、同百合子、同まさ子、同美佐子それぞれ、損害総額二二万九、四四九円から受領分の一五万円を差し引いた七万九、四四九円

原告さわ 損害総額一五万円から受領分の二万五、四八〇円を差し引いた一二万四、五二〇円

よつて、原告らの被告らに対する請求はそれぞれ右金員及びこれらに対する本件不法行為日の翌日である昭和四二年一月八日以降各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 高橋一之 岩淵正紀)

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